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Fリーグが自分に夢や生き甲斐を与えてくれました

2020-2021シーズンをもって現役引退を発表した立川・府中アスレティックFCの田中俊則選手、上福元俊哉選手、渡邉知晃選手。 第3弾は熱き闘志で全力で戦い、数多くの記憶に残るゴールを残した上福元俊哉選手のラストメッセージ。

ーー上福元選手、9シーズンのFリーグでの現役生活、本当にお疲れ様でした。まずは引退を発表してから少し時間は経ちましたが、今はどんな気持ちでしょうか?
自分の中では「全力でやりきった!」という気持ちです。引退ということでFリーグの舞台を去ることになりますが、後悔といったような気持ちはありません。未来を担う若い選手、このクラブ、そしてFリーグというものがこの先どうなっていくのか、とても楽しみにしています。若い選手たちは頑張っていると思うし、才能あふれる選手も多いので、どんどん上を目指して頑張って欲しいなと思います。

ーー上福元選手の引退を発表してからSNS等では大きな反響がありましたが、上福元選手の周囲の反応はどうでしたか ?
9シーズン、Fリーグの舞台でやってこれたのは周囲の色々な人の支えがあったからだと思っています。自分は日本代表に入っていたわけではないし、個人タイトルを獲得したこともありません。
引退を発表した時に自分でも驚くほど、たくさん方々が自分への想いを語ってくれて、全然期待していたわけではないのですが、自分が全力でやってきた姿をたくさんの人が見てくれていた、応援してくれていたんだと改めて実感しましたし、選手としての自分のキャリアを誇りに思ってもいいのかなと思いました。本当に嬉しかったですね。

トモアキ(渡邉知晃)やトシくん(田中俊則)のように自分も日本代表を目指していました。でも自分はそこにはたどり着くことはできませんでした。目標は達成できなかったけれど、選手としての価値だけじゃなく、ひとりの人間としての価値も高めなくてはいけないと思って取り組んできたから、今回の反響は選手としてだけではなく、ひとりの人間として、キャリアを通じて成長できた証になのかな、と思いました。でも決して今の自分が“できた人間”だと思っているわけではありませんよ(笑)まだまだ努力していきます!!

全力でプレーする自分の姿が皆さんの記憶に少しでも残っているのであれば、嬉しく思っています。

ーー引退を決めた理由を教えていただいても良いでしょうか?また、引退を意識したタイミングなども教えてください。
フウガドールすみだを退団することを決めた後に、アスレに復帰したいなっという想いがあって復帰をさせてもらいました。アスレに復帰が決まったタイミングで現役としてFリーグでプレーするのは最後の一年になるだろうな、という気持ちになりました。

元々、最後には自分を成長させてくれたアスレでプレーをして、できる限りの恩返しをしたいと考えていましたので引退を具体的にイメージするようになったと思います。

それとあまり言いたくはないけれど(笑)、もう一つはアキラ(皆本晃)の存在がありました。アキラのことは選手としてはもちろんライバルですけど、人としも尊敬できる存在なので、また一緒にプレーしたいと思っていました。

ーーアスレにはFリーグにデビューした2012-2013シーズンから2017-2018シーズンの6シーズン、そして、2020-2021シーズンの合計7シーズンをプレーしましたが、アスレでの7シーズンを振り返ってどうでしょうか?
最初の6年間は人としても選手としても色々なことを学ばせてもらいました。良いことも悪いことも、それはピッチの中でも外でも色々あったけれど、選手としても人間としても成長させてもらいました。オーシャンカップで優勝できたことやプレーオフ決勝まで勝ち進むことができたこと、一年目は結果が出せなくてサテライトに降格したこと、嬉しかったこと・悔しかったことは他にもたくさんあるけれど、すべてが今の自分に繋がっていると思っています。

それとアスレでは人に恵まれました。チームメイトには魅力的な選手がたくさんいましたし、献身的なスタッフの方々に支えてもらいました。

ーーバサジィ大分とフウガドールすみだに移籍しましたが、移籍したことで学ぶことができたことはありますか?
もちろんフットサルの中身が違う、戦術が違うということはありましたが、人やクラブの雰囲気も違うので視野を広げることもできました。アスレの素晴らしいところにも気が付けたし、逆に大分・すみだがアスレより優れている部分があることも分かりました。ずっとアスレにいたら気が付けなかったことも多かったと思います。視野が広がることで自分の考え方や取り組み方にも良い影響がありましたね。

ーー現役生活でもっとも印象に残っていることは何ですか?
色々ありますが・・・本当に最近のことですが、今は先日の町田戦のゴールは一生忘れることができないと思うくらい印象に残っています。というのもあの試合までに本当に色々なことがあって、ピッチに立てたことも大きな出来事でした。

試合の前に息子が産まれたのですが、1月には妻が入院することになり2週間ほど練習をすることができませんでした。その時は「もしかしたらこのまま引退するのかも」という覚悟も決めていました。そして予定日より早く産まれたこともあって町田戦の直前も練習に参加できない日がありました。そんな状況の中でも妻が頑張ってくれて、妻のお母さんにも助けてもらって、娘も産まれてきたばかりの息子も頑張ってくれたおかげであの試合のピッチに立つことができました。

あの試合で支えてくれた家族や子どもたちにゴールを見せることができたということは、「父親」として家族に何かを残すことができたのではないかと思っているんです。自分が初めて決めたゴールも名古屋オーシャンズから決めたゴールも忘れられないゴールですが、今振り返るならやっぱりあの町田戦のゴールですね。親としても誇りを持つことができる特別なゴールでした。

子どもの頃から自分は父親のような人間になりたいと思っていました。尊敬する父親のように、言葉とかではなくて後ろ姿で大切なことを伝えていきたいんです。今は分からないかもしれないけれど、将来子どもたちがあのゴールを見た時に何かを感じてくれたら嬉しいですね。

あっ!でもあのゴール、遼太郎(酒井遼太郎)が触っているんですよね(笑)

ーー遼太郎は「触っていない」「俺のゴールにしないで」みたいにアピールしていたよね?
それができるのがアイツの凄いところ。自分のことのように喜んでくれて・・・嬉しかったな~。アイツもめちゃめちゃ頑張っている!まだまだできると思うけれど、応援したくなる選手ですね。

ーー上福元選手と言えば、熱いハートで闘志を前面に出して戦う姿が印象的です。その姿や声に心を動かされたファンの方も多いと思いますが、試合中はどんなことを考えていたのでしょうか?
アスレでは「あかるく・たのしく・まえむきに」を合言葉としていましたが、自分の場合は「“あつく!!”・たのしく・まえむきに」でしたね(笑)

ピッチ上ではもちろん「勝ちたい!」っていう想いを強く持っていました。そして気持ちを前面で出すのは、自分にも仲間にも「勇気」を与えたかったんです。もっと言えば観ている人にも勇気を与えることができるようなプレーをしたい!と思っていました。

ーー今シーズンで現役を引退するということなのですが、今後はどのようなことに挑戦しようと考えていますか?
もう一度、教員をやろうと思っています。アスレに入る前にも3年間教員をやっていたのですが、9年間、フットサルで自分の夢を追いかけさせてもらったので、次は自分の子どもたちにも色々なことにチャレンジをさせてあげられるようにしていきたいというのが一番ですね。

教員は大変な仕事ですけれど、この9年間の経験はとても大きいと思うんです。自分の納得できるところまでフットサルに全力で取り組んできて得ることができた様々な経験や自信はかけがえのないものです。

もしあの時、アスレでFリーグにチャレンジするという決断をしていなかったら、仕事もフットサルも中途半端になっていたかもしれません。まったく違う人生だったのは間違いありません。Fリーグが夢であり、生き甲斐であったし、Fリーグがたくさんのものを与えてくれたからこそ、今はこれからの仕事に対してもすごく前向きな気持ちで考えています。

これからは教員として「あつく!!・たのしく・まえむきに」頑張っていきます!

少し話は変わりますが、先日の全日本フットサル選手権でバサジィ大分との試合後に伊藤さん(伊藤雅範 現・バサジィ大分監督)に挨拶に行ったんです。自分をFリーグの舞台に導いてくれた方ですし、選手として直接挨拶ができるのは最後になってしまうので。

ーーどんな言葉が返ってきましたか?
「日本代表にしてやれなくてごめんな」って言われました。すぐに「それは僕の実力不足です」って言いました(笑)でも、あの時に熱心に誘っていただいたから今があるので、本当に感謝をしています。

ーー今後のアスレやFリーグに期待していることはありますか?
やっぱりもっともっと上を目指して欲しいです。アスレには若くて才能のある選手がたくさんいるので、常に全力で取り組んで欲しいです。Fリーグの舞台で選手として、ひとりの大人として磨き上げて、魅力ある選手になって欲しいです。

Fリーグはまだまだ環境は充実しているわけではありませんが、全力で取り組む人にとっては夢の舞台です。たくさんのものを与えてくれる特別な場所です。偉大な先輩たちからバトンを受け継ぎ、自分も9年間プレーしてからこそ、Fリーグの素晴らしさを感じています。だからこそ、あの舞台を軽々しく扱われたりするのは自分は嫌です。未来のために必死で頑張っている若い選手たちがたくさんいるし、彼らの足を引っ張るようなことはしないで欲しいです。

Fリーグはもっともっと魅力ある舞台になって欲しいですし、それを楽しみにしています。

ーー上福元俊哉 ラストメッセージ
9年間Fリーグという夢舞台でプレーをすることができたのは、支えてくれた家族や応援してくれるたくさんの人がいたからだと思っています。心から感謝をしています。

Fリーグが自分に夢や生き甲斐を与えてくれました。Fリーグがあったからここまで楽しく生きることができました。夢があったから、毎日努力することの大切さも学ぶことができました。

Fリーグは誰かの夢を創っていく舞台だと思っています。そしてもっともっとたくさんの人に元気や勇気を与えて欲しいです。これからもたくさんの応援とサポートをよろしくお願いします!!

本当にありがとうございました!!

※本インタビューは2021年3月6日(土)に実施しました。

◆上福元俊哉
1986年9月26日生まれ 千葉県千葉市出身、順天堂大学蹴球部出身。
高校時代には市立船橋高校サッカー部で全国高校サッカー選手権大会で準優勝。子どもの頃から憧れていた夢の舞台「国立競技場」に立ち夢を叶える。
大学卒業後に本格的にフットサルに転向。2012-2013シーズンにアスレに加入。強靭なフィジカルと熱いハートでピッチを沸かせた。バサジィ大分、フウガドールすみだへの移籍を経て、2020-2021シーズンにアスレに復帰。今シーズン限りでの現役引退を発表した。
Fリーグ通算263試合出場67得点。

▶Text by 立川・府中アスレティックFC
▶Photo by 立川・府中アスレティックFC
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