コラム

Fリーグ創設前にタイでプロ選手を経験

~アッズーロ・中尾隼土の歩み~

日本フットサルの最高峰リーグ「Fリーグ」が2007年に発足する以前、フットサルでプロになりたければ、海外に飛び出すしかなかった。 2006年にタイのクラブとプロ契約を結び、2シーズンを戦った後、地元・和歌山県に戻って、育成年代に力を注ぐ中尾隼土(はやと、41)の歩みを振り返る。(本文、敬称略)

ラモスに憧れた少年 ルネスでフットサルに出会う

1980年生まれの男の子は、小学1年生の時にテレビのサッカーに見入った。Jリーグが発足する以前、日本サッカーリーグに所属する読売クラブの試合だった。日本代表の10番として長らく活躍したラモス瑠偉のプレーに魅せられて、サッカーを始める。

和歌山県内の中学、高校でサッカー部に所属し、ポジションはラモスと同じ「センターハーフ」。プロを目指した青年は、滋賀県にある「ルネス学園甲賀健康医療専門学校」(現:ルネス紅葉スポーツ柔整専門学校)に進学し、サッカーを続ける。

フットサルに出会ったのはその頃だ。同専門学校のメンバーで構成される「ルネス学園甲賀サッカークラブ」は、第1回と第3回全日本フットサル選手権(1996、98年)を優勝するなど、サッカーにフットサルを取り入れた草分けだった。

午前は授業、昼はサッカー、夕方からフットサルに親しむ。中尾は「ボールに触れて、たくさんシュートを打てる。細かい技術が問われる部分も面白く、すぐに夢中になった」と回想する。しかし、在学中に全国大会の舞台には立てなかった。

2000年1月に同級生でフットサルチーム「アッズーロ関西」を結成。同年3月に卒業し、4月から地元で働き始めた。大阪や和歌山のメンバーが多く、大阪府の岸和田市や泉佐野市を練習の拠点としていた。

「毎週平日2回の練習で、その後みんなでご飯を食べてワイワイやっていましたね。帰宅するのは午前2時で、次の日も朝早くから仕事。しんどいけど、フットサルが好きだったので苦にはならなかった」

当時和歌山県には県リーグがまだ存在していなかった。そのため滋賀県リーグに1年参戦し、同時に中尾は和歌山県サッカー協会に直談判してリーグを創設。練習試合で交流のあった各チームに声をかけ、2001年に和歌山県リーグは産声を上げた。

アッズーロは02年に和歌山県リーグで優勝し、入れ替え戦にも勝って関西リーグに昇格を決めた。関西リーグ2年目で降格してから、再び和歌山県リーグに所属することになる。当時Fリーグは存在せず、ファイルフォックスやカスカベウなどの関東のクラブが日本を代表するチームだった。フットサル人気が急速に高まり、全国に民間のフットサル施設が次々に誕生していった。

雑誌「ピヴォ!」を片手にタイへ プロ契約


中尾は関西リーグベスト5に選ばれ、フットサル日本代表監督が開いた練習会に呼ばれる実力があった。プロになりたい、との気持ちが高まる一方で、「まだまだ力が足りない」と痛感していた。

タイに興味を持ったのは、フットサルマガジン「ピヴォ!」がきっかけだった。SNSのない時代、フットサルの情報は雑誌と口コミが主だった。記事で、アジアではイランとタイが強豪国であることを知った。アジア最優秀選手にはタイの選手が選ばれていた。

2003年から自費でタイに何度か渡り、フットサルの武者修行を行った。英語もタイ語も話せない。それでもレベルアップしたい気持ちが先走った。出会ったタイ人に、最優秀選手「アヌーシャ・マンジャレーン」の写真を見せて「この人に会いたい」と聞いた。「そのうち選手の親戚という人がいて、『それなら会わしてやる』と本当に会えたんですよ(笑)」

定期的にタイを訪れる中で、トップリーグでクラブを持つオーナーに認められ、「キャットテレコム」というクラブでプロ契約を結ぶ。当時「チョンブリ」と実力・人気を二分する強豪チームだった。

生活できる給料と、勝利給、住居も用意され、タイ代表選手と同じ待遇で迎えられた。サッカーでプロを目指して叶わなかったが、中尾はフットサルで、プロという夢を実現したのだ。同時にアッズーロの活動は休止となる。

「タイリーグは関東リーグ以上、Fリーグ未満というレベル感。タイ人は上背はないけど、体幹は強いし、実は身体能力がある。技術も総じて高かった」

フットサルの人気ぶりにも驚いた。観客2,000~3,000人がアリーナに集まる。会場は派手な音楽が試合前にバリバリ流れる。女性の黄色い声援も飛び交い、サポーターやファンも熱狂的。背景には勝敗をかけた賭博も存在しただろうが、アリーナは熱気に包まれていたという。1年目はチョンブリが優勝し、キャットテレコムは2位だった。

1年目のオフシーズンにキャットテレコムのメンバーらとタイ国内の地方に遠征して、地方の有力チームと試合をする機会があった。ただ実力差は明らかで、6ー1でリードして迎えた終盤の試合中に、銃声が響いた。

「選手も観客も急いでアリーナから逃げ、試合は無効に。賭博で負けそうになった観客が引き金を引いたようだった。日本でフットサルをやっていたら体験しなかった出来事でしたね」

オフシーズンになると日本に帰り、全国でフットサルクリニックを開催した。チャリティーイベントも企画し、子ども対象の無料クリニックで、使っていないシャツや靴、帽子、タオルなどを持ち寄ってもらい、タイに贈る取り組みも進めた。

タイの街角でボールを蹴る子供をよく見かけたが、服はすり切れていたり、はだしだったり。ボールもボロボロだった。タイの子供たちに少しでも良い条件でボールを蹴ってほしいと、両国の架け橋になった。

1年目はタイ人の監督から、2年目はブラジル人監督に代わった。中尾はフィクソで、アシストに喜びを感じるプレースタイルだった。新監督はゴールへの貪欲さを求め、試合の出場時間も減った。

移籍を希望し、中堅クラブの「アールバック」に入団。キャプテンに指名される。「タイの国民性として勤勉性や真面目さに欠ける部分があったので、自分がキャプテンに選ばれたのだと思う」

タイでのシーズンはケガとの戦いでもあった。両足の半月板損傷、3シーズン目の開幕直前に椎間板ヘルニアで動けなくなり、迷った末に手術を選択せずに帰国を決意。

日本で家業を継ぐかどうかの思いもあり、自分から契約を更新しない旨を伝えると、クラブは引き留めてくれたが、日本に戻る決意は揺るがなかった。30歳で日本に帰国した。

アッズーロの活動再開 育成に注力


和歌山に戻ってきた中尾は休止していたアッズーロ和歌山の活動を再開。社会人チームは県リーグ2部からの再スタートだった。そして育成年代の指導に力を入れる。

タイでは日本より、子供の頃からフットサルに親しむ環境があった。それが良い選手を輩出し、フットサルの人気を支えていた。人口が減少していく日本で、フットサルが発展するためには、育成が不可欠だと考えた。

2009年に小学生20人でスタートして、12年が経過した現在小学生80人、中学生30人、高校生20人を指導する大所帯となっている。フットサルクラブだけでなく、サッカークラブも目標の一つにする小学生の全国大会「バーモンドカップ」には2014年、16年、19年の3回出場している。

多くのフットサルクラブとアッズーロは違うところがある。中尾は自分自身のプレーモデルに、選手を当てはめるより、集まった選手の長所を生かすことを第一にしている。

「自分のプレーモデルが、毎年個性の違う選手にフィットするかは別問題。選手の長所、武器を大事にしています。自分のモデルと選手の長所が一致すればベスト。16年のチームは一致してバーモンドで全国ベスト16でしたが、骨折で欠場していたキーパーがいれば、日本一になれた可能性があった」

アッズーロを巣立った子どもたちは、Fリーグの下部組織に進路を取った選手もいる。名古屋オーシャンズサテライトの安彦憲史郎選手や、シュライカー大阪サテライトの畠山勁志選手らだ。数年後、Fリーグの舞台で活躍する選手たちから「アッズーロ」の名はさらに広まるだろう。

そんな中尾が描く将来のビジョンとは。「新型コロナウイルスでこのような状況になることは誰も予想できなかった。将来がどうなるか誰にも分りません」と笑う。そして強調した。「今を大切に選手と一生懸命に向き合う、それが一番です」

中尾が大切にしてきた「夢、挑戦、感謝」をこれからも実践し、子どもたちに伝えていく。

(了)

Text by Hide
Photo by Hide & Hayato Nakao
Illustration by style.t.84
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